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大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)55号 判決

大阪府四條畷市中野本町六番二九号

原告

松村榮子

右訴訟代理人弁護士

黒瀬英昭

水田利裕

小杉茂雄

澤田隆

山下誠

大阪府門真市殿島町八番二号

被告

門真税務署長 猿橋崇史

右指定代理人

野中百合子

桑名義信

湯田昭児

八木康彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告の平成二年分の所得税について平成三年一二月二四日付けでした更正処分のうち所得金額一二六万三〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、平成二年分の所得税について所得金額を一二六万三〇〇〇円とする確定申告をした原告が、被告から、原告は同年分の所得として、右申告に係る所得のほか、分離課税の長期譲渡所得九億七五五四万六八〇四円を得ているとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、右更正処分のうち所得金額一二六万三〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求めた事案である。

二  基礎となる事実関係

(1の(二)、(四)の事実は、各掲記の証拠によってこれを認める。その余の各事実は、当事者間に争いがない。)

1  本件各土地の売買に至る経緯

(一) 原告の亡夫松村富三(以下「富三」という。)は、昭和八年又は九年ころ、大阪府四條畷市大字中野所在の四〇六番一(九六四平方メートル)、同番二(一三六平方メートル)、四〇九番(一九六六平方メートル)、四一〇番(七一七平方メートル)及び四一一番(四八九平方メートル)の五筆の田を買い受け、その所有権を取得したところ、平成元年六月一九日、川鉄商事株式会社(以下「川鉄商事」という。)の間で、右五筆の田を、代金九億七六三四万四六〇〇円(坪単価七七万円)で売却する旨の売買契約を締結し(以下「本件旧契約」という。)、同日、川鉄商事から手付金として一億円を受領した。

(二) 富三は、右五筆の田のうち四〇九番ないし四一一番の三筆の田を西村晃に賃貸して耕作させていたが、同月二一日、西村との間で、右耕作権を消滅させ、その対価として三億八〇一二万二〇五〇円(坪単価三八万五〇〇〇円)を支払う旨を約する農地賃貸借解約の合意をし、四條畷市農業委員会は、同年七月二四日、右合意解約の通知を受理した(乙第三号証、第五号証)。

(三) 富三は同年七月一八日に死亡し、原告が相続により右五筆の田の所有権を取得した。

(四) 原告は、平成二年六月二一日、西村に対し、右対価三億八〇一二万二〇五〇円を支払い、同人に賃貸していた三筆の田の返還を受けた(甲第七号証の一、二)。

2  本件各土地の売買

原告は、平成二年一一月二八日、川鉄商事との間で、本件旧契約を合意解除するとともに、改めて、本件旧契約の目的であった五筆の田のうち四〇六番二の田を除く四筆の田(以下「本件各土地」という。)を代金一五億円で売却する旨の売買契約を締結した上(以下「本件契約」という。)、同日、一〇億円を受領して、本件各土地につき同日売買を原因とする所有権移転登記手続を了した。次いで、原告は、平成三年三月二九日、川鉄商事から残金五億円を受領した。

3  確定申告と被告の更正等

平成二年分の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)、原告の異議申立て及び被告の決定並びに原告の審査請求及び国税不服審判所長の裁決の経緯は、別表記載のとおりである。

すなわち、原告は、平成二年分の所得としては給与所得一二六万三〇〇〇円しかなく、本件各土地の譲渡に伴う所得(以下「本件譲渡所得」という。)は平成二年分の所得にはならないという前提に立って、確定申告をしたところ、被告は、本件譲渡所得も平成二年分の所得になるものとして、本件更正及び本件決定をしたものであり、これに対する原告の異議申立て、審査請求は、いずれも棄却されたものである。

三  原告の主張

本件各土地の引渡しの日は、平成三年三月二九日であり、したがって、本件譲渡所得は平成三年分の所得となるものであって、平成二年分の所得とはならないから、本件更正のうち所得金額一二六万三〇〇〇円を超える部分及び本件決定は違法である。

すなわち、原告が平成二年一一月二八日に受領した一〇億円は、手付金三億円及び前受金七億円の合計であって、取引の完了を表す性格のものではないし、同日付けで移転登記がされたのは、本件契約が解約された場合に原告において返還すべき右の多額の金員の支払を担保する目的によるものである。原告は、残代金五億円の支払を受けた平成三年三月二九日までは、本件土地の引渡しをしておらず、現に、本件契約の契約書(以下「本件契約書」という。)には、このことを前提とした収益の帰属、費用の負担及び危険負担に関する約定が置かれており、本件各土地と隣接地との筆界確認も同年三月ころから始められている。

四  被告の主張

1  本件契約書中の所有権移転の時期及び引渡義務に関する約定の文言及びこれに従って平成二年一一月二八日に所有権移転登記がされていることに照らし、本件各土地の引渡しが一〇億円の授受と同時に完了していることは明白であり、したがって、本件譲渡所得は原告の平成二年分の所得となる。

2  本件譲渡所得(分離短期譲渡所得と分離長期譲渡所得に分かれる。)の金額は、次のとおりであって、これは本件更正の額を上回るから、その範囲内でした本件更正及びこれに基づいてした本件決定は、適法である。

(一) 分離短期譲渡所得金額 一億七七〇八万五〇七五円

原告は、平成二年六月二一日、西村に三億八〇一二万二〇五〇円を支払い、同人に賃貸していた三筆の田の返還を受けたところ、これは、原告が、右対価をもって、右三筆の田の耕作権に相当する部分(以下「旧耕作権部分」という。)を同人から取得したものと評価し得るから、旧耕作権部分は、それ自体が独立した「譲渡所得の基因となる資産」(所得税法三三条三項)ということができる。したがって、本件各土地のうち旧耕作権部分の譲渡による所得は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三二条一項及び三項に規定する分離短期譲渡所得に該当する。

〈1〉 譲渡収入金額 五億七五一九万三四二三円

所得税基本通達(昭和四五年七月一日付け直番(所)三〇(例規)国税庁長官通達。ただし、平成三年一二月一八日付け課資三-一、課所四-五(例規)国税庁長官通達による改正前のもの。以下「基本通達」という。)三三-一一の二所定の算式により、借地権等の消滅時の当該土地の更地価額は、旧契約において合意された坪単価七七万円、同じく借地権等の価額は、富三と西村との間の農地賃貸借解約の合意において前提とされた坪単価三八万五〇〇〇円とする。

〈2〉 取得費の額 三億八〇一二万二〇五〇円

〈3〉 譲渡に要した費用 一七九八万六二九八円

仲介手数料四六七〇万五〇〇〇円及び印紙代二〇万円の合計四六九〇万五〇〇〇円に、右〈1〉の譲渡収入金額が本件各土地の売買代金一五億円に占める割合を乗じて算定した額。

〈4〉 〈1〉-〈2〉-〈3〉

(二) 分離長期譲渡所得金額 八億四六一二万七五九五円

本件各土地は、富三が昭和八年又は九年ころ取得し、原告が相続によりこれを取得したものであるから、旧耕作権部分以外の本件各土地の譲渡による所得は、措置法施行令二〇条一項及び二項三号の適用により、措置法三一条一項及び二項に規定する分離長期譲渡所得に該当する。

〈1〉 譲渡収入金額 九億二四八〇万六五七七円

本件各土地の売買代金額一五億円から、右(一)〈1〉の分離短期譲渡所得の譲渡収入金額を控除した額。

〈2〉 取得費の額 四六二四万〇三二八円

措置法三一条の四による。

〈3〉 取得費に加算される相続税額 二五一万九九五三円

措置法三九条による。被相続人富三に係る相続税のうち原告の納付すべき税額二四五四万八八〇〇円に、本件各土地のうち旧耕作権部分を除いた部分の相続税評価額一億六七七二万七九七四円が、右相続により原告が取得した財産の課税価格(債務控除前)の合計額一六億三三九六万六九二七円に占める割合を乗じたもの。

〈4〉 譲渡に要した費用 二八九一万八七〇一円

右(一)〈3〉の四六九〇万五〇〇〇円に、右(二)〈1〉の譲渡収入金額が本件各土地の売買代金一五億円に占める割合を乗じたもの。

〈5〉 特別控除額 一〇〇万円

措置法三一条一項及び四項による。

〈6〉 〈1〉-〈2〉-〈3〉-〈4〉-〈5〉

五  争点

本件譲渡所得が原告の平成二年分の所得といえるか。

第三判断

一  争点について

所得税法三六条一項によれば、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、その年において収入すべき金額とされているところ、譲渡者による資産の引渡しがあれば、通常、所有権も移転しているものと考えられ、かつ、譲渡者が資産を引き渡した時には、相手方に対してその譲渡代金を請求できることが確定的となり、譲渡代金相当額を収入すべき金額として認識し得る状態となったものとみることができるから、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、原則として、その所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものと解するのが相当である(基本通達三六-一二参照)。

これを本件についてみると、原告は、本件契約を締結した平成二年一一月二八日に、代金一五億円のうち一〇億円を受領して、本件各土地につき同日売買を原因とする所有権移転登記手続を了したことは、前示のとおりであるところ、本件契約書(乙第一号証)によると、その第三条には、買主は、契約締結と同時に手付金三億円と前渡金七億円の合計一〇億円を支払い(一項)、残金五億円は、売主から建築確認申請に必要な実測図の引渡しを受けるのと引換えに支払う(第二項)旨が、また、特約条項として、売主は契約締結日から三か月以内に右実測図を買主に引き渡すべき旨が、それぞれ記載されていること、同五条には、「所有権移転の時期及び引き渡し義務」という見出しの下に、「売主は、第3条1項に定める金壱拾億円也と引き替えに買主に対し、本物件の所有権移転登記に必要な書類全てを引き渡し、所有権が買主に移転することを異議なく承諾する。」と明記されており、他に所有権の移転時期又は土地の引渡時期に関する条項はないこと、しかも、右第五条は、原案では、「1 売主は、第3条1項に定める金壱拾億円也と引き替えに買主に対し、本物件の所有権移転登記に必要な書類全てを引き渡し、登記簿上の所有権が買主に移転すること異議なく承諾する。2 本物件の完全なる所有権の移転と引き渡しは、第3条2項に定める金五億円也の授受と同時に売主より買主に移転し、引き渡されるものとする。」と記載されていたものが、最終的に傍線部分が削除され、右の文言となったものであること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、原告と川鉄商事代表者が、残代金五億円の支払時に本件各土地を引き渡して所有権を移転させるという当初の予定をあえて変更し、契約締結日である平成二年一一月二八日に所有権移転登記手続をするのと同時に、本件各土地の引渡しを完了し、その所有権を確定的に移転することとしたものであることは、明らかといわなければならない。

本件契約書中には、残金五億円の支払の日の前日までは、収益及び公租公課その他の負担は売主に帰属させ(第八条)、また、危険負担も残金五億円の支払の日を基準に買主に移転する(第九条)旨の定めがあるけれども、右文言はいずれも印刷された不動文字によるものであり、また、残金五億円の支払がなされた後に右清算がなされた形跡もないのであって、右定めのあることをもって右認定を左右するには足らず、いわんや、本件各土地の移転登記がされたのが、原告の主張するような担保目的によるものとは、到底認められない。また、原告は、本件各土地と隣接地との筆界確認が平成三年三月ころから行われた旨を指摘しているけれども、隣接地との筆界を確認して本件各土地の実測図を作成するのは、原告の債務であって、しかも、証人松村正孝の証言によると、原告は、右筆界確認を完了させないまま、平成三年三月二九日に残代金五億円を受領していることが認められるので、筆界確認が遅れたことをもって、残代金支払時まで本件各土地の引渡しを留保するのが当事者の意思であったものということはできない。

二  本件譲渡所得の額について

本件各土地の各面積、富三が昭和七年又は八年ころから本件各土地を所有していたこと、原告が平成二年六月二一日、西村に三億八〇一二万二〇五〇円を支払い、本件各土地のうち旧耕作権部分を同人から取得したこと、旧契約において合意された坪単価は七七万円、富三と西村との間の農地賃貸借解約の合意において前提とされた坪単価は三八万五〇〇〇円であることは、前示のとおりであり、甲第四号証の一、第五号証、乙第七、第八号証及び弁論の全趣旨によると、原告は本件各土地の譲渡に当たり、仲介手数料四六七〇万五〇〇〇円及び印紙代二〇万円の合計四六九〇万五〇〇〇円を支出したこと、被相続人富三に係る相続税の課税価格(債務控除前)のうち原告が取得した額は一六億三三九六万六九二七円であり、原告の相続税額は二四五四万八八〇〇円であること、本件各土地のうち旧耕作権部分を除いた部分の相続税評価額は一億六七七二万七九七四円であることが認められる。

右各事実に基づいて算定すると、原告の本件譲渡所得の金額は、被告の主張2のとおりとなり、本件更正の額を上回る。

三  よって、本件更正及びこれに基づく本件決定は適法である。

(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 倉吉敬 裁判官 小林康彦)

別表

原告松村榮子の平成二年分の所得税の課税の経緯及びその内容

〈省略〉

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